真実    vol.5

























同期の早乙女がある日会社を休んだ

俺は気にも留めずに仕事をしていた
元々身近な人間に無関心な俺は
オフィスである噂が囁かれていることに
まったく気付かないでいた




「お前、知らないんか」

「なにを」

「早乙女の噂だよ」

「だから何の」

「本当に知らないんだな」


森田はもったいつけるように
煙草をふかして、煙を吐く

とくに興味があるわけでもなかったが
森田の目つきが、どこか意味深な光を放つ



「あいつ今日休んでるだろ」

「あぁ、そうだっけ」

「連絡ないらしいぜ」

「・・・え」

「一緒に昼飯食ってる女共の話じゃさ
誰かさんにひどく傷つけられたってふさぎこんでるって」

「・・・」





俺は舌打ちしてやりたいのを
なんとかおさえて無表情を決め込む



「部屋で手首でも切ってたりして」

「バカか。そこまでするわけねぇだろ」

「いや、あいつ結構お前のこと本気だったからな」

「別に俺はフッたわけじゃねぇよ。人の仕事に口出すなっつっただけ」

「同じだろ。お前がなかなか心開かないから、せめて同僚として近づきたいって思ったんだろうに
お前はそれすらシャットアウトしたんだからな」



俺は面倒になって首筋をかく
こういう話は本当に勘弁願いたい



「・・・気付いてたろ。早乙女の気持ち」

「・・・あぁ」

「せめてちゃんとフってやれよ」

「・・・あぁ」

「絶対だぞ」

「わかったよ」








俺は仕事をある程度すませると
アパートに直帰した
早乙女の住所が載った社員名簿が部屋にあるからだ

心底面倒だと思ったが
手首を切られたほうがもっと面倒なので
俺は早乙女の家に行ってみることにした

社員名簿の早乙女が載っているページだけ抜き取って
ちらりと見ると早乙女はアパートに一人暮らしらしく
俺はすこしほっとする
親が家にいたのでは話しづらくて仕方がない




部屋を出ようとしたその瞬間
電話が鳴った


俺は一瞬居留守を使って出て行こうと思ったが
淳子かもしれないと思い
履きかけていた靴を脱いで電話に出た




「はい、佐藤」

「・・・まさくん?」

「淳子」


頬がついほぐれる
それに気付いて俺はすぐに顔を引き締め直す


「・・・今夜、会うことになったわ」

「本当に!?」

「えぇ」

「そっか、よかった。何時?」

「8時よ」


腕時計をみると、6時20分をさしていた


今から早乙女の家にいって話をして
それで間に合うのか?



「どこで会うの」

「え・・・?」

「あ、いや、もし今近くにいたら顔が見たかったんだ」

「青山よ」

「青山か・・・ちょっと遠いな」



青山で君島のよく行く店・・・
なんとなく特定はできた


あとは時間に間に合うかだ



「私、何を伝えたらいいのか今更わからなくなってきたの」

「俺に言ったようなことを、言えばいいさ。
気持ちってのは伝えてなんぼだからな」

「本当にスッキリできるかしら」

「できるさ。スッキリしたらどこか遊びに行こうって約束だろ?
思いっきり楽しいとこ連れていってやるからさ」



もちろん、そんな約束は果たせるはずもなかった
写真がとれれば一秒でも早く記事にしたい代物だ
記事になったが最後、俺は淳子の前に二度と姿を見せられなくなる


でも、このとき俺は本当の約束みたいに
必死に淳子を元気づけていた


本来の目的を
忘れてしまいそうになった




「ありがとう。
ねぇ、まさくん、行き先リクエストしてもいいかな」

「え?」

「決めてたほうが楽しみが増えるでしょ?」

「あ、あぁ・・・いいよ」



いきなり現実に引き戻される

果たせない約束なのに



「私たちが育った町に、行かない?」

「え・・・?」

「ずっと帰ってないの。小学校とか、海とか、懐かしいところに行きたい」

「そんな所で、いいの?」

「あそこが、いいの」



淳子の心細い気持ちが
電話ごしにひしひしと伝わってくる




心の裏側から、もうひとりの俺が顔を出して
俺のことを睨んでる








本当に、いいのか?



彼女を裏切って、本当に・・・?



俺だってずっと帰っていないふるさと
淳子と一緒に帰ったら、どれほど楽しいだろう



一緒に通った小学校を見に行って
海にいって
実家に帰って酒飲んで
互いの小さい頃の話なんかで盛り上がって



















「わかった。行こう。
絶対連れてくよ。
だから…がんばってこいよな」









俺は俺にできる精一杯の言葉を捧げた



それ以上しゃべれなくて
”じゃあ”とだけ言って
俺は電話を切ってしまった
















静まり返った部屋で

俺は電話のむこうに聞こえた淳子の声を思い出す

心細い、ちいさな声

助けを求めるように俺の名を呼んだ

淳子の、高くて、細い声・・・

































「・・・っくそ!!!」








自分の声を合図に
なにかが爆発したように
俺は電話機を床に投げつける



大げさな音がして
木造の床には痛々しい傷がつき
電話機は床に無残に転がる





どうしたらいいのかわからない


自分がどうしたいのかもわからない





次に、部屋に山積みになった雑誌を蹴飛ばすと
雑誌たちは雪崩のように畳の上に散らばる
自分が取り上げてきた記事たちが
部屋中に散乱してる


今までどんなことだって
好き勝手取り上げて記事にしてきた
すこしでも面白い方がいい
すこしでも目を引くものがいい


これまでの仕事の中に
それが芸能人だろうと一般人であろうと
ターゲットの心情を配慮したことなんて
一度だってなかった
遠慮だってしたことなかった
だから記事にできた
どんなえげつない事も書けた


同情なんて必要ないと思ったし
あってはならないものだと思ってたし
正直、俺には何の関係もないものと思ってた





それがなんだ?







なんなんだ・・・このやりきれなさは



なんでこんなに自分が汚く見えるんだろう












「・・・くそ・・・」



もう一度だけつぶやいて
俺はいつもの無表情を作って
部屋を出た























































    <<BACK    NEXT>>

『真実』TOP.