真実    vol.6

























ピンポーン



早乙女の部屋の扉には
「早乙女」の表札がかかっていたので
俺は迷いなく呼び鈴を鳴らす



返事はなかった

会社に連絡もしないくらいだから
来客に返事をすることもないだろう


俺はしかたなくドアをノックする


「早乙女。俺、佐藤」


耳をすませていると
ドアの向こうで、誰かの気配はしている
俺はそのまますこし待っていると
ドアは頼りなく、ゆっくりと開いた




「佐藤くん?」


早乙女がそっと顔を出す

なんだか一回り小さくなったような彼女の顔
表情はあまりなかった




「・・・ごめん」

開口一番に謝ってみた

誠意がないと言われればそれまでだが
俺は正直、さっさと用事を済ませて帰りたかった





「こないだは言い過ぎた。イラついてたから・・・ごめんな」

「・・・私こそ、ごめんなさい」



”せめてちゃんとフってやれよ”

森田のセリフが思い出される



けど、どうやって?
好きといわれたわけでもないのにどうやってフったらいい?



俺が言葉を選んでいると
早乙女が口を開く



「どうして私がここまでショックを受けたか、わかるでしょ?」

「・・・あぁ」

「ずっと気づかないフリしてくれちゃって」

「悪い」

「それで?」

「・・・それで・・・ごめん」

「・・・・・・」




早乙女は大きな目で俺を見ると
すぐにその目を伏せた




10秒たち、20秒たち・・・
じっと早乙女の顔を見ていると
やばい・・・ と思う瞬間が訪れる



その大きな瞳から
大粒の涙がはたはたと落ちてきた



それは無遠慮に、おおげさに
俺の気持ちを逆撫でるように
流れては落ちる


さすがの俺も戸惑う




目の前で自分を好きな女に泣かれて
自分はどうしようもなく
なすすべもなく
あっけらかんとしていられる男なんていやしない


俺ははじめて、早乙女に申し訳ない気持ちになる





「そんな簡単に返事するなんて、ひどい」


涙にからんだ早乙女の声
入社して5年一緒にいるけれど
こんな声を聞いたのははじめてだった
土足で他人の家に勝手に上がりこんでいるような
究極の居心地の悪さを感じる



「・・・ちゃんと考えたよ」

「私の何を知ってるの。気持ち知っててわざと見ようとしなかったくせに」



当たってた



最初に気づいたときから
俺は早乙女とつきあう自分を想像するのを
あえて避けてきた


なぜだかはわからない
彼女のことを生理的に受け付けないわけでも
女に興味がないわけでも
なにか強烈なトラウマがあるわけでもないのに
誰かを自分のものにするのがこわいのか
自分が誰かのものになるのがこわいのか


若いうちなら単なる恋愛ごっこで済むのに
「ごっこ」で終わらなくなるのがこわかった


適当に生きていけるつもりだったのに
俺はもしかしたら、誰より不器用なのかもしれない




自分でも自分が一番理解できないのに
それによって他人に涙を流させたり
苦しめたり悩ませたり
傷つけたり
そういうことが、俺には我慢ならなかった


それは、早乙女を傷つけたくないんじゃない
早乙女を傷つけた自分を認識するのが嫌だった


何よりも、面倒だった






「・・・好きな女がいるんだ」



俺の口は勝手に動いて
その逃げ道を作った

早乙女は顔を上げる
頬が涙でぬれていた



「だから、誰も見えないんだ。ごめんな」



一番彼女が納得するだろうと思ってこの理由を選んだけれど
自分の言葉をきっかけに
心の中でなにかがむくりと起き上がるのを感じる



「好きな奴が、いるんだ」



もう一度繰り返してみて
俺はなんとなく、それがわかった






腕時計を見ると
7時15分


時間がない






「早乙女、ごめんな」



俺は最後にそれだけ言い残して
早乙女の前から姿を消した


森田には二人が会う時刻や店の名前は連絡してある
俺は、早乙女のアパートの階段を駆け下りると
すぐにタクシーを拾って青山に飛んだ























































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