真実    vol.8

























「バカ野郎!!!」



ざわついたオフィスもさすがに静まり返る
前代未聞の大ミス
森田が君島洋次とその愛人の
密会シーンの写真をおさめたフィルムを
撮ったその日になくしたのだ



最も、それは俺のアパートにあるのだが



「すんません!!!」


森田はこめかみに汗をかきながら
深く編集長に頭を下げている


「すんませんで済むわけねぇだろ!
佐藤がせっかく掴んだチャンスをてめぇが潰してどうすんだよ!!」



拳でデスクを叩いて
今にも暴れだしそうに怒鳴る編集長

森田は顔をあげられないでいる

俺はというと、自分のデスクで
黙々と仕事をしていた



オフィスの中の人間は
編集長と森田のやりとりか
俺の反応のどちらかを見ている奴しかいない

今、このオフィス内は
俺が死に物狂いでこぎつけたスクープを
森田のミスによって誌上に載せられないという
なんとも俺が同情されるすべき状況となっている

俺は、森田のほうを一度も見ようとしなかった

申し訳ないという気持ちももちろんある
森田はなにも悪くないのだから



しかし、今まで仕事の上で
誰にも情けは持たなかった
それでうまくやってきた

今回、淳子を守ると決めた以上は
森田への情けは絶対禁物だった





たまに俺はこの自分自身の割り切りのよさを
恐ろしいと思うほどだ





俺は同僚が見守る中
黙ってオフィスを出る


あとから誰かが追ってオフィスを出てくる



「佐藤!!」


森田だった


「ほんとに、すまん!」

森田は俺にむかって
編集長へしていたときと同じくらい頭を下げる

見ていられなくて
俺は素通りして歩き続ける


「佐藤、待てよ!申し訳ない!本当に・・・」


森田は俺の腕をつかんで
なんとか立ち止まらせようとするが
俺は立ち止まる気はまったくなかった
どんな顔をしていいのかわからないのだ
安心させようと笑ってでもみせようものなら
俺は本当のことをすべて話してしまう気がしたから

こんなひどいことをしておいて今更だが
これでも森田は社内で俺が唯一信頼する友人だった
俺が困っていれば必ずフォローしてくれたし
彼が悩んでいれば一晩中飲みながら話を聞いたこともあった

自分の人間の冷たさに
本当に、心底、俺は今がっかりしているのだ




「佐藤・・・」


すがるような森田の声をさえぎるように
俺は森田の腕を振り払う


「・・・謝られてもどうしようもねぇよ」


俺はわざと低い声を出す

森田はそれ以上なにも言わず
俺が立ち去るのを呆然と見つめていた


がっくりと、肩を落としていた





























「森田くん」



背後から声をかけられ
ふりかえると、早乙女が立っていた



「・・・早乙女」

「そっとしておいたら?佐藤くんも別の仕事がうまくいったら忘れるわよ、きっと」

「そんな簡単にいくかよ」



投げやりな気分になる

俺は佐藤の苦労をすべて無にしたんだ
あいつはやる気にムラがあるが
仕事は確実だった

やっても無駄なことには手を出さず
ここぞと思えば確実に獲物を手に入れて帰ってくる男だ

その場の勢いで動く俺とは
まったく違う、仕事のできる男なのだ



「そりゃ今はガッカリしてるけど、改めてもう一度謝ったら大丈夫よ」

「・・・べつに許してもらえばいいってもんじゃないから」

「そうだけど・・・」

「どんなに一方的に謝ったってさ、俺がスッキリしたいだけで ぼつになったもんは戻らないから」

「でも、いつだったか佐藤くん言ってたわ。 森田くんは自分にとって一番信頼できる友達だって」

「・・・」

「一番で、唯一だって」




入社当時、女にも振られ
仕事もミスばかりの俺を誘って
一晩中俺のグチや弱音を聞いてくれた
佐藤が相手なら、グチも弱音も恥ずかしくなんかなかった
めったに笑わない奴だけど
俺はそんな佐藤といるのが一番安心していられたんだ

学生時代の友人なら俺だって何人かいるし
野球部で一緒に青春を謳歌した仲間だっている
だが、社会に出てもそこまでの相手に出会えるかといえば
それは数えるほどもいないだろう
とくにこんな殺伐とした業界
佐藤が俺を「ライバル」といったのも頷ける



なくしたものは戻らないなんて
そんなこと、俺も佐藤もわかってる

佐藤との関係を俺はすこしでも修復したい

俺はもう一度、佐藤に誠心誠意こめて
謝りにいこうと決めた























































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